愛かわらずな毎日が。

「あはは。大きな口」

「………………っ、」

突然姿を現した人物に驚きつつも、手にしていたクリップボードで咄嗟に口元を隠す。


眠気なんて一瞬にして何処かへ飛んでいってしまった。


「ククッ。見ちゃった」

語尾にハートマークでもくっついてるんじゃないだろうか。

やけにご機嫌な様子のその人は。


「………佐伯さん、」


これから出掛けるところなのか、ビジネスバッグを手にした佐伯さんはスマホを握りしめていた左手の甲を口元に置き、吹き出しそうなのを必死にこらえている。


「ガマンしないで笑えばいいじゃないですか」


「……ククッ。あはははは」


「あ。ほんとに笑うんだ」


「プッ…。ごめん、ごめん。でも、……ククッ」


「……すみませんね。お見苦しいものを、」

佐伯さんにお見せするつもりはなかったんですよ、とでも付け足しておこうか。


私は、驚いた拍子に跳ねた心臓を落ち着かせようと、ふぅっと息を吐き出した。


「寝不足?」

「えぇ、……まぁ、」


「福元の居ない間に夜遊びでもしたの?」

「なっ……!なんですか、それ。夜遊びなんてしてませんよ!……ただちょっと、寝つけなかっただけで、」

「なぁんだ。つまんないの」

佐伯さんはそう言うと肩をすくめた。


「つまんない、……って。なんですか、それ」


「だって。キミら、順調すぎてつまんないよ」


「……………」


福元さんと同期の佐伯さん。

福元さんは佐伯さんのことを話すとき、よく「面倒くさいヤツ」と言うのだけれど。


最近になってようやくその意味が理解できるようになった。

< 208 / 320 >

この作品をシェア

pagetop