雪人
 こういう経緯があるミフレはルイの言ったことに対して反論の余地がなかった。空笑いを浮かべて内心冷や汗を流している。少し不気味だ。
 挙動がおかしくなったミフレをエレミールは目を丸くしてみていた。
「あ、あ、ああアタシは構わないぜ。べ、別にミューレを送らなくてもいいぞ」
 何処か落ち着きのない態度で早口にミフレが述べた。ますます挙動が変になっていく。
 それを気にした様子もなく、ミフレからベルライズへとルイが視線を移した。
「私は――」
 ベルライズの瞳にレミィ=ミュール=シィーダリスが映った。
 姫様が最初に城へ入らした時には、幼さの残る可愛らしい少女の姿だった。よく笑顔を浮かべ、侍従達にも身分など関係なく自分と対等に接していた姿がベルライズの頭を駆け巡る。あの頃の姫様は突然、王族の人間だと告げられ心の準備をする間もなくすぐに、お城へと住まわれた。それは余りにも幼い少女にとっては残酷な宣言だっただろう。
 その頃に姫様の母上が病に倒れて亡くなられ、ちょうどその時に王族の人間だと告げられたのだ。さぞ、幼い心を痛め苦しめられたのだろう。
 王家での慣れない生活、食事、作法、など全てが姫様の小さな身体に重圧となって締め付けられていたのだろう。
 それらを全て知っていながら何もすることが出来なかった自分に、後悔の念が心を埋め尽くしていた。
 それと同時に妹をもった兄の情愛のような感情も抱いていた。
 不意に幼さの残る声が頭を過った。
 ――ベルライズ兄さん。
 そういえばこういう風に呼ばれていたんだな。
 長らく聞かなかった声の感じに、優しく春の朗らかな陽射しのように暖かな気持ちになり、ベルライズの表情が緩んだ。
 ベルライズはレミィから視線を離して、静かに瞳を閉じた。
「――異議はない」
 ベルライズは迷いなく言った。「ありがとう、二人共。今から姫の目を覚ましてくる」
 そう言ってルイは両腕で優しく持ち上げているレミィを見た。相変わらず虚ろな瞳の色をしている。
「じゃあ、その木国の女性を頼むな。あと、クーパはエレミール達といといてくれ」
「何処に行くの?」
「過去を受け入れに行くだけさ」 ルイは外へと繋がる扉に歩いて行く。そして足で蹴飛ばし乱暴に開けて外に出ていった。
 もちろんベルライズが唖然としていたのは言うまでもない。
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