BLACK∀NGEL-紅雪の鬼-
Prologue
ごぽり、
暗闇を思わせる途方もない水
の中で大きな気泡がゆっくり
と弾ける。
ごぽごぽごぽ…
誰かの息遣いのようなソレが
少しずつ速さを増していく。
『人間、ニンゲン!』
『我カラ』
『我等カラ』
『奪ッタ』
『姫ヲ!愛シイ姫ヲ』
気泡が次々生まれては弾け、
どこかに呑まれて消えていく
。
憎しみや怒りでぐちゃぐちゃ
になった彼の身体は、辺りを
覆う濁った水面に負けない暗
い色。
『…ヒ…メ…』
『我ハ忘レヌ。人ノ子ハ滅ビ
ヲ選ンダ』
鋭い底光りの瞳が覗いた。
ヴオオオアアアアッ!!
重低音の咆哮が世界に轟く。
何者からか逃れようともがく
漆黒の彼は、天井に浮かぶ白
い満月に向けて飛び出した。
深い深い森の中、大量の水し
ぶきと共に湖から現れた龍の
存在は誰も知らない。
彼は久しぶりに触れた外の空
気に再び咆哮した。
――ヒ…メ…。
我ノ愛シイヒト。
我ノ唯一。
求めて止まない存在がいない
。
悲しい、苦しい、逢いたい。
激情に狂う龍に賛同するかの
ように、白かった月が紅い色
へと変わっていく。
世界の終わりが始まった。