BLACK∀NGEL-紅雪の鬼-




 ―――…クルシイ



 あの音が声に聞こえる。
 ただの風の筈なのに。



 ――カナシイ…



 低いあの重低音は、胸が締め
 付けられるような事ばかり告
 げる。
 まるで行き場を失った子供み
 たいに。



 ――…逢イタ…イ…。
 …メ、ニ…逢イタイ。



 窓の外では風の唸りが鳴り止
 まない。
 それが本当に龍の咆哮なのか
 確かめる術を彼女は持ってい
 なかった。
 溢れた涙を拭うと同時に、言
 葉が勝手に流れ出る。


 「泣かないで。私の魂はいつ
 だって貴方を想ってる――」


 ハッ。
 何を口走っているのだろう。
 我に返り頬が熱くなる。


 ――…アリガ、トウ
 …………………姫。



 「…ぇ…」



 今、姫とか言われた気がする
 けど気のせいだよね?

 思わぬ展開に目を見開いて固
 まる。
 血のことなんて忘れて視線は
 窓の外に釘付けだ。

 今、天高く舞う龍の姿が見え
 た気がした。

 きっと気のせい。
 何度も言い聞かせて残りの仕
 度を済ませていく。

 幻覚。
 幻聴。

 そう信じたいのに、


 ――タスケテ。


 自分を呼ぶこの声に、泣きた
 くなるのは何故だろう。

 姿見の鏡に制服姿の女の子が
 映っている。
 不可解な切なさにくしゃりと
 歪んだ自分の顔が、一瞬知ら
 ない人の泣き顔に見えた。



 ――誰かの意思に関係なく、
 歯車は時の流れに従って廻り
 出す。

 どこか満足したような唸りが
 もう一度鳴り響いた。
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