【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】
祐天寺昭乃の言葉に、
ざわついていく私の心。
恭也……
私は貴方を信じていいの?
その後のレッスンも何とかやりおえて、
何時ものように多久馬家へと帰宅する。
小母さんのご飯を作って、
何時ものように恭也が何時帰って来ても食べれるように
キッチンのテーブルへと並べて置く。
食べられることのないご飯は、
ラップに包まれて、
冷蔵庫の中へと片づけられていく。
「ごめんなさい。
明日、生徒に教える楽譜を私も見直しておきたいんだけど
家に忘れて来てしまって」
多久馬家にいる時間が辛くて、
体の不自由な小母さんを一人、
多久馬の家に残す。
私は……
恭也のおばさんが好きよ。
だけど……恭也。
介護ヘルパーでも、
多久馬家の家政婦でもないの。
祐天寺の言葉の悔しさが
そんな言葉となって浮上する。
自宅に帰りついた私は、
鞄をソファーに放り投げると、
感情のままにスタインウェイに向かって
弾き殴った。
私の中に渦巻く心のままに。
防音室の中で、
何曲も何曲も叩きつけるように奏でたリスト。
だけど最後に辿りつくのは、
やっぱりこの曲。
リストの愛の夢。
恭也に捨てられる恐怖と、
縋る気持ちをぐちゃぐちゃに閉じ込めた
愛の夢を奏でる。
弾きながら……
思わず自虐的に自分で呟く。
呪いみたいね……。
そんな呪いのメロディーが
今の私には何処までも優しい。
この音色が、
彼を深く思い焦がしてくれる。
不穏な影すら、
打ち消してしまうほど
この甘い夢の中で、
私をかき抱いて。
壊してしまうほどに強く。