【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】





結城の祖母が他界して
ずっと一人で生きて来た私。


だけど恭也と、その家族は
そんな私の精一杯の頑な壁を壊して
私の中に踏み込んできた。


一度、誰かに甘えることを教えられると
今度は、心が弱くなって
前に進めない。


そんな気がする。



「文香……有難う。
 心配してくれるのは嬉しい。

 だけど……私、
 無理だよ……。

 恭也から離れるなんて出来ない。

 今の恭也、凄く辛そうなの。

 今にも壊れそうな恭也は、
 安らぎを求めるように、翼を休めるように
 私のところに帰って来てくれる。

 私まで離れるなんて出来ないよ」




離れるなんて……したくないよ。




離れるなんて出来ないんじゃなくて、
私がやりたくないだけ。




テーブルに並べられた
ご飯も進まないままに、
自分の感情を文香に吐き出す際に
零れ落ちた涙が頬を濡らしていく。



「ったく……
 そんなにも愛してるなら、
 どうして恭也を奪わないのよ。

 神楽にも優しかった、恭也君のお父さんなんでしょ。
 だったら……神楽が自分の想いを貫いて
 恭也君を奪い去っても、別に怒らないわよ。

 離れられないなら、
 ずっと苦しむくらいなら、祐天寺昭乃から
 恭也君を取り返したらいいじゃない。

 そりゃ、多久馬総合病院が出来たら
 この町の人はいいかも知れない。

 だけど……誰かの為に、
 遠慮して生きるんじゃなくて、
 神楽の為に、生きなさいよ」




『神楽の為に生きなさいよ』



文香が告げた言葉は、
私に重くのしかかる。



私の為に生きる。


誰にも遠慮せずに
生きていく。






何も考えずに
ただ未来だけを見つめて
我武者羅に突っ走ることが出来たら
それはそれで、
どんなに素敵かわからない。




だけど私には……
その勇気はない。




何時も誰かの顔色を窺って
今日まで生きて来たから。



一つの物事を見つめて、
いろんな角度から、いろんなものが
見えるようになった時、
凄く臆病になったように思った。


祐天寺昭乃から、
恭也を奪い取ったとして……
私は、恭也から何を奪い去るんだろうって。




そう思った時、

真っ先に思い浮かんだのは、
恭也と恭也の家族が愛した、
多久馬医院が消えてしまう。


恭也が大学病院に居られなくなる。


巨大な借金も背負うことになるだろうし、
それに伴った、恭也と、
恭也のお母様の精神的なストレスは
半端ないだろうって思った。 


大学病院を破門になったってことは、
もう一度恭也が病院で働きたいと思っても
恭也を雇ってくれる病院は
見つからないかもしれない。



お父さんの背中を追いかけて、
頑張ってお医者様になった恭也の夢を
恭也の努力を、私が奪い去ってしまう。


それが……辛い……。
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