【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】
「恭也、今日は何時に帰ってくるの?
お父様が夕食に行きましょうって。
ちゃんと恭也が抜けやすいように、
教授にはお父様に頼んで貰うから」
結婚した後は、
祐天寺は今まで以上に
俺の行動に干渉してくる。
俺が唯一一人に慣れるのは、
結婚して与えられた車を
自分で運転して通勤する、
その僅かな時間だけだった。
来る日も来る日も、
祐天寺に干渉されて、自分の時間を作ることが出来なかった
俺にチャンスが訪れたのは、
祐天寺が、女友達と晩御飯を食べに出掛けると告げたある日。
その日、仕事を早々に終わらせると
はやる気持ちを抑えきれずに、
神楽さんが働いている職場へと向かう。
俺たちが初めて再会した、
思い出の場所。
結婚しても満たされない心は、
無意識のうちに、
神楽さんを求め続ける。
あの式の日に倒れた
彼女が、元気に今も居てくれるのか……。
近くで逢うことが叶わなければ、
遠くで見守るだけでもいい。
どんな形でもいいから、
俺自身が、
神楽さんの存在を感じ取りたかった。
車をコインパーキングに止めて
大通りを渡って商店街へ。
見慣れたその風景を
歩きながら、何時もならそろそろ聞こえてくる
神楽さんと文香さんの演奏に期待している俺。
だけど……聞きなれたサウンドは届かない。
透明なウィンドウの向こう側、
演奏を続けるのは、
俺が知らないインストラクターだった。