【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】
「こっちです」
ただっ広い駐車場スペースをキョロキョロと見つめる
私に恭也君が静かに声を発して呼び寄せた。
目の前には大きな黒い車。
後部座席には、制服に身を包んだ運転手。
戸惑いながらも
乗り込むと、車は静かに動き出す。
1階へと車を運ぶ車用のエレベーターは
暗くて、圧迫感が強くて
耐えるように目を閉じる。
そんな私の異変にすぐに
気が付いてくれるのも、
あの頃と全く変わらない
優しい恭也君。
車がお日様の元を走り出す頃には
私の閉塞感も落ち着き始める。
「すいません。
車、エントランスに
お願いするべきでしたね」
そう言うとまた、
恭也君は黙り込んでしまう。
車は見慣れた道路を走っていく。
あれ……
あそこ、優華ちゃんの家だったはず。
懐かしくなって、
昔の生徒さんの名前を思い出す。
そう……雪の日に、
この坂から滑り落ちて
私は恭也君に出逢ったんだ。
懐かしさも覚えながら
周囲の景色を見つめるものの
目の前に広がる景色は
あの頃と違ってた。
下った坂とぶつかるその道路を右側に道なりに
坂を上っていくと、多久馬医院があったはずなのに
その場所には、多久馬医院の面影はなくて
あの頃よりも大きなマンションが建ってた。
その前へと車はゆっくりと停車した。
「恭也君……此処って?」
「そうだよ。
多久馬医院の跡地。
総合病院が出来た後、此処は使わなくなったから
おふくろの許可を貰って
病院の為の施設にした。
神楽さんが住むところもここだよ」
言われるままに恭也君の後をついて
建物の中に入っていく。
「お帰りなさい。
恭也君」
「すいません。
何時も管理して貰って有難うございます。
山下さん、今日からお子さんの入院中ここを利用します。
結城神楽さん。
覚えてるでしょ」
山下さん?
当然ながら私は覚えていなくて、
それでも私のことは、
向こうの人は知ってる。
「すいません。
お世話になります」
そう言うと、山下さんと呼ばれた
年輩のご夫妻は、
ゆっくりとお辞儀を返して
真人が早く元気になるように
祈ってくれた。
「神楽さん、部屋はこっちだから」
エレベーターに乗り込んで
恭也君は私を呼び寄せる。
最上階のボタンを押すと
ゆっくりと浮遊感を感じた。
「凄いね……。
恭也君は、いろんな人の為に
頑張ってたんだね。
お父さんの夢だった病院も
凄く大きくて、びっくりした」
沈黙の後に紡いだ言葉。
エレベーターの扉が開くと、
恭也君はポケットの中のカードをかざした。
ガチャリっとロックが解除される音が聴こえると同時
ドアノブを押して、扉を開ける。
扉が開いた途端に
人感センサーがついているのが
部屋の中の電気がついた。
「入っていいよ。
病院宛に届いてたスーツケースは
部屋に置いてある。
後、美雪さんに頼んで
身の回りの必要そうなものも全部
手配しておいたから」
ゆっくりと靴を脱いで入室したその部屋は、
とても広くて素敵な部屋だった。