【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】




「神楽ちゃんお疲れ様。
 今日の点滴終わったよ。

 ゆっくり起き上がれる?」



そうやって再び姿を見せたのは勇生君。

留置されていた点滴の針も抜かれて、
すでに針の後に、
小さなバンソコがくっつけられてた。




処置室から真人の病室に戻る時に、
会計を待つ、病院のエントランスで自動演奏で流れる
ピアノに目がとまる。





「勇生君、少しいい?
 恭也君が言ってたの、あのピアノかな?

 エントランスでピアノを弾いてって
 言われたの」



そう言いながら
ピアノを見つめた私に、
勇生君は、小さく息を吐き出して
その場所へと連れて行ってくれた。




子犬のワルツが可愛らしく鳴り響く空間。




ゆっくりとピアノの前に立って、
自動演奏のボタンをクリアにする。




ただ流れていた音色も、
突然止まると、
患者さんや家族の注目を浴びる。




嘘でしょ……。

自動演奏してた
ピアノに思わず絶句する。





寄贈品として
寄贈者の名前が入っているのは、
妹の名前。



そして病院のエントランスに
その音色を響かせていたのは
名器、ベーゼンドルファーインペリアル。


インペリアルに、
ヤマハの自動演奏ユニットを取り付けてるの?



溜息交じりに、
そのピアノの前へと座った。




「勇生先生の知り合いかい?」



患者さんらしい人が
集まって来ては、
勇生君に声をかけてくる。



「いつも自動演奏だと味気ないからね。
 
 今日は院長が、
 プロのピアノの先生連れて来たんだよ」


何気なく紡がれたその言葉、
勇生くん、ハードルあげてる事実に気が付いてるの?




勇生君がそんなことを言ったからか、
忙しなく動き回ってた患者さんや
家族たちも足を止めて、私の方を見つめる。



オーソドックスにクラシック?

でもこの場所は病院。

音楽を本気で聴きに来る場所じゃないから
難しい曲はやめよう。


簡単に聞きやすくて、
誰もが不快にならない曲。



思わず周囲の客層に意識を向ける。


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