【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】
「もう、ちゃんと飲むわよ。
ほらっ、恭也君は早くお風呂行っておいで。
私、洗い物して出かける支度するから」
そう言うとコップに注いだ水で一気に薬を飲むと
黙々と食器を洗い始める。
彼女に言われるままに、
浴室でお風呂に入り、出て来た時には
昨日身に着けていたスーツも
ビシっと綺麗にアイロンがかけられていた。
「ねぇ……恭也君。
今も使ってくれてたんだ。
私が最初にプレゼントしたスーツを
オーダーしたお店の商品だね」
そう言って、スーツを見つめる彼女が
少し泣いているように見えて、
思わず背後から彼女を抱きとめる。
彼女と過ごす時間は、
一気に昔の俺たちの思い出に
花を開かせていく。
ずっと小さく小さく、
固い蕾の中に閉じ込めてしまっている
そんな過ごしてきた年月が
一気に溢れだしてくるように開いていく。
そんな彼女の表情を守りたい。
取り戻したい。
支度が整った俺たちは、
車で病院へと向かう。
そのまま真人君の眠る病室へと向かう。
まだ薬のコントロールで
眠りの中に守られている息子の手を
二人して握りながら
目覚める時を待つ。
術後の傷口の痛みが、
少しでも緩和されるように。
真人君の笑顔が
彼女を支えて守ってくれるように。
彼女の為に出来る事を
考える時間は、
俺にとって愛しいだけでなく、
苦しさも、狂おしさも伴う時間だけど
それでも今出来る事を探し出したい。
俺が奪い去ってしまった
彼女の人生を、
笑顔をもう一度取り戻してほしいから。
ただ一つ、叶えたい
彼女の夢。
それが……大人になった俺が
彼女を守れるようになった俺が唯一出来る
懺悔だから。
神様がくれた
チャンスだと思えた、
そんな狂おしいほどに切ない時間。
この想いの果てに、
苦しみが伴うとしても
今は精一杯……最愛の人を支え続けたい。