【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】
優しくて、残酷なの。
ポキっと折れてしまいそうな心は
その先の未来が怖くて、
その優しさに溺れてしまうことなんて出来ない。
だから私は、
ちゃんと歩き続けるために
精一杯のガードをしようとする。
「有難う。
さっ、私……今から、一階で演奏してくるわね。
ようやくインペリアルと仲良くなれそうよ。
重低音が美しい曲を奏でないと。
恭也君も仕事に戻らなくていいの?」
わざと突き放すように、
言葉を紡ぐ。
心とは裏腹の可愛げのない行動。
本当は、その胸に飛び込んで
弱音を曝け出すことが出来たら
どんだけいいだろう。
今も愛する最愛の人の温もりに
抱きしめられることが許されるなら
どれだけ幸せだろう。
だけどそれは……
あの日、私が自分自身で閉ざした未来。
もう二度と交わるはずのなかった未来。
一階のフロアーに降りて、
自動演奏を解除した後、
何時ものようにインペリアルの
前にゆっくりと腰かける。
椅子に座った後、座席の高さを静かに調整すると
真っ黒な鍵盤だけの低音部分に軽く
指先だけ触れてそのまま最初の音へと
移動させてアーチを作った。
最初に演奏するのは、
ショパンの幻想即興曲。
次に奏でるのが、
ドビュッシーの月の光。
小さな子供たちが集まって来た頃には、
ピアノを始めて暫くした頃に
挑戦するような、ポピュラーな有名な曲。
ベートーベンのエリーゼの為に。
バダジェフスカの乙女の祈り。
最後に辿りつく選曲は
私にとっての大切なこの曲。