【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】


「先生、どうしたの?

 さっき、ママ来てたけど
 今日はもう帰ったんだ。

 ママ、最近……元気ないの。
 どうしてかな?」

「ママのことは、
 先生や勇生先生、美雪先生がちゃんと見ておくから
 真人君は心配しなくていいよ。

 それより……先生、真人君にお願いがあるんだ。

 真人君、ピアノ弾けるんだよね。

 結婚行進曲って弾けるかな?」

「結婚行進曲?
 
 うん。弾けるよ。
 でもメンデルスゾーン? ワーグナー?」

「おっ、詳しいな」

「僕、ママの子供だもん」


そうやってベッドの上で笑う真人君。


「今日の夜な、一階のロビーのピアノで
 結婚行進曲、演奏してくれないか。

 先生、演奏しなくちゃいけなくてな。
 でも譜読みは嫌いなんだよ」

「僕、初見も得意だよ。
 先生のお手伝いしてあげる」


頼もしい我が子は、
その曲が何を意味するかなんて
知る由もないけれど……
それでも何時か、知ることが出来た時
心の何処かに、
隠された想いを気が付いてくれたら 
そんな風に思った。



その夜、静かになった病院の一階フロアーの
インペリアルの前に腰掛けた真人は、
二つの結婚行進曲を華やかに演奏した。


真人の演奏を
録音しながら、
真剣な眼差しで演奏する
二人の横顔をリンクさせる。


何処か神楽さんの演奏に似た
音色で奏でていくそんなメロディーに
目を閉じながら
ひと時の過去の余韻に浸る。


ごめんよ。


大人の都合で振り回されて。


ずっと求め続けていたのに
母親に伝えきれない
父親への想いを言いだせないままに
過ごさせて。





再び歩き始めるための
秘め事は、
それぞれの光を目指して
優しい時間を彩ってくれるものと
信じながら。

 
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