【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】




喉元まであがってきたその言葉が紡げずに
私は逃げ出すように病室を後にした。

帰ったマンションのベッドに倒れ込むように体を沈める。


私は間違ってるの?
私はどうしたいの?
何が正しいの?



何度問い続けても答え何て見つからない。
交錯し続ける私の想いが浮かぶだけ。


ウトウトしかけた頃、ふいに部屋のチャイムがなる。
ベッドから這い出してモニターを見つめると、
そこには恭也のお母さんの姿があった。


慌てて玄関の扉をかけると、
そこには、優しい恭也君のお母さんの姿。



「バカ息子から聞いたよ。
 手術の時、真人君とした約束だけど
 私に免じて、叶えさせてやってくれないか?

 あの子はね、この年になっても親になると言うことが
 出来なかったんだよ。恭也は……。

 昭乃も勝矢も居る。
 あの子には、もう家族がいると言うのに
 あの子の時間は止まったままだ。

 神楽ちゃんはしっかりと今を生きているのに
 嘆かわしい限りだよ。

 でもそんなバカ息子の私も母親なんだ。
 今の神楽ちゃんには、わかるだろう。

 恥を承知でお願いする。
 私が頭を下げて、バカ息子がもう一度歩き出せるなら
 何度でも気が済むまで頭は下げるよ。

 だから……あの子の、
 恭也の願いを叶えてやってくれないか?

 恭也の止まった時間を動かせるのは
 この世でたった一人、神楽ちゃんだけなんだよ」


そう言って何度も何度も頭を下げ続ける
母親の愛情。

託された想い。


利害だと言い聞かせれば許される?

私だって真人に本当の父親の温もりを
一日だけでも教えてあげたい。


ごめんなさい。
勝矢君。


後少しだけ、貴方のお父さんは
私たちに貸してください。



心の中で呟いて、
おばさんの申し出に頷いた。


翌日、病室で『先生と三人で遊園地だね』っと
告げると、真人は本当に嬉しそうに笑った。


この子の笑顔を守りたい。

その為に、犠牲になる子がいるとしても
悲しみを感じる子が居たとしても
やっぱり私は……守り続けたい。

愛する人との間に生まれた
大切な宝物を。
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