【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】
2.運命の朝 離れ行く今だからこそ -神楽-
- 9年後 -
恭也のことを想いながらも、
恭也と一度も連絡を取らないまま
過ごし続けた9年間。
恋華さんの協力もあって、
真人の母親として何とか、
ここまでやってこれたような気がした。
今も心の中には、
決して消えることのない大切存在が居るけれど、
だけどそれは、私だけが知っていればいい。
もう誰にも伝えることなく、
墓場まで抱えていく秘め事。
真人の病気も
その後の定期検査で引っかかることなくて、
ピアノの練習の合間に、
時折楽しそうに走れるようになった体で
私のピアノ教室に来てる生徒さんたちの
遊び相手をしてくれてる。
そんな真人も、中学校三年生。
「真人、受験勉強は順調なの?」
「母さんは心配性すぎるんだよ
僕、今の学校でも成績、前から数える方がいいんだよ。
明日からの卒業試験は、首席に戻って
堂々と受験も、直澄と希望校の公立に行く。
高校も奨学金で通って、
その後はちゃんと働いて母さんを助けるから。
ほらっ、今日の生徒さん。
次の鹿波(かなみ)君で終わりだよね。
そしたらご飯にしよう。
今日は僕が作っとくから」
教室にあるスタインウェイの椅子に
腰掛ける私の前に顔を出す真人。
「母さんさ……。
あの先生の事、どう思ってる?
僕、父さんの事なんて覚えてないし
知らないし……
母さんさえ好きなんだったら、
別に僕に気にしないで、
結婚していいんだよ。
もう高校生になるし、僕が邪魔なら
一人で生活することも出来るし」
突然そんな話を切り出す
大きくなった息子の言葉に痛む私の心。
今も息子の中での父親は
私たちを捨てた、憎むべき対象でしかなくて。
私……間違ってたの?
自分を責めるように
問い続けても、
何が正解で何が間違いだったかなんてわからない。
「何バカなこと言ってるの。
母さんの宝物は真人だけよ。
仕事が忙しい貴方のお父さんが現れた時も、
お父さんに自慢できる息子でいて欲しいのよ」
慣れた素振りで上塗りして、
罪を重ねる言葉。
「そっか。
だったら、母さんが自慢に思える
子供でいることが僕の目標でいいのかな。
お父さんが羨むみたいに、
ちゃんと母さんのことは守っていくよ」
そんなことを言いながら真人は
私の隣で、スタインウェイを大きく響かせる。
『真人兄ちゃんすごい。
ぼくもお兄ちゃんみたいに、ひけるようになりたいんだ。
ぼくのママ、エリックサティがすきなの』
「サティの曲もいい曲沢山あるな。
鹿波君も、お兄ちゃんみたいに僕の母さんについて
ピアノのお稽古してたら、上手くなるよ。
今度、鹿波君のママが好きな曲教えて。
お兄ちゃんが、鹿波君が楽しく弾けるようにアレンジしてあげる。
それを先生に教えて貰ったらいいよ。
んじゃ、母さんレッスン頑張って。
ご飯作ったら、部屋で勉強してるから顔出して」