【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】
14.傍にいるから - 恭也 -
おふくろが倒れて二週間。
その日、親父がおふくろのもとに
顔を出してくれて、
久々に俺はオフの時間を得た。
オフの時間、
真っ先に出掛けたいと思った場所は
彼女が働くお店だった。
レッスン日じゃないけど、
今日も彼女はこの時間、
サロンコンサートで
文香さんと一緒に演奏しているだろう。
そう思った俺は、
久しぶりに会える彼女との時間に
心を弾ませながら
電車に飛び乗った。
最寄駅に到着した途端、
その周辺はいつも以上に人に溢れていた。
この駅の近くに確か、
LIVEハウスがあったかな。
そこに有名な人でも来るのかな?
なんてそんくらいの軽い気持ちで、
教室の方へ向かった俺は、
警備員が二人立っている教室前の現状に
びっくりした。
「えぇ、藤本ピアニストのサイン会に
ご来店のお客様は、
左側の壁沿いの列にお並びください」
ハンドスピーカーを持ちながら
声を張り上げる警備員。
列の最後尾に立つ警備員。
そんな警備員たちの隣を俺は素通りしながら、
中の様子が気になった。
藤本ピアニストって言ってた……。
焦る気持ちが大きくなる中、
慌てて店内に駆け込むと、
彼女はいつものように文香さんと演奏していた。
ほっとしたのも束の間、
店内に歓声が沸きあがったとき
彼女の方に藤本結愛がゆっくりと近づく。
大勢の人がいるなかで、
藤本結愛が突き付けた言葉は
母親のものとは思えなかった。
『あら、貴女まだピアノしていたの?』
蔑むような眼差しと共に
彼女を突き刺した言葉。
その直後、
店内はシーンと静まり返る。
彼女はその場で立ちつくし、
必死に自分の心と格闘しているみたいだった。