【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】





その時……微かに零れる、
ピアノの音色がほんの小さな
音色で音漏れしてる。



シーンと静まり返った
夜の住宅街だから……
聞こえた普段の日常音の中では
かき消されてしまう、
そんな悲しい……音色で
紡がれる、リストの愛の夢。




神楽さんが防音室のドアを
開けるタイミングで、
彼女の名前を呼びながら
古典的だけど、
窓ガラスに小石をぶつけた。




ようやく気が付いてくれた
彼女は、俺の存在に驚いたように
窓を開けてくれた。





「迎えに来た……。

だから開けてよ」





そう話しかけた俺に、
彼女は窓を閉めて俺の視界から姿を消す。



不安を感じながらも、
玄関に慌ててまわった俺に、
彼女はドアを開けて迎え入れてくれた。




「恭也君……」

「逢いたかった……」




思わず玄関ホールで抱きしめた
俺に彼女は顔を埋めてくる。




「ずっと迎えに来たかった。

 俺には、
 神楽さんしかいないから。


 あのさ……
 文香さんが来てくれたんだ。

 全部聞いた。

 
 俺はまだ学生だし、
 学校もあるから
 何も出来ないけど、
 守りたいって気持ちだけは偽りなくて。


 俺んち、来ないか?

 父さんにも母さんにも許可貰った。
 神楽さんが居たいって思うだけでいい。

 俺んち、母さんが倒れて
 父さんと二人、慣れない家事で苦戦してるから。

 もし良かったら……だけど。

 仕事復帰するまででも、
 居てくれたら助かるんだけど」





途中で、何を話してるかさえ
わからなくなるほどに
パニックしてる俺がそこには居て……。





そんな俺の想いを
黙って受け止めてくれた彼女は、
静かに涙を流した。






守りたい……。






今は、まだ力がなくて、
頼りなくて……
これが精一杯だけど、
こんなにも愛せると思えるのは
神楽さんだけだと思うから……。








彼女の全てを守っていきたい。








涙を流す彼女に
口づけしながら、
そう誓った夜だった。




< 69 / 317 >

この作品をシェア

pagetop