【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】



第一次結婚ラッシュが落ち着いた時は、
まだ文香は独り身だって思ってたのに
来月結婚が決まっている
幸せ絶好の文香を見てると
焦る気持ちが残るわけで。




私は恭也と結婚できるの?



そんな期待感は、彼にとって
重荷になるような気がして切り出せないでいた。




彼は大学生。

国家試験を間近に控えた彼に
気を乱すようなことは話せない。





お祖母ちゃんが残してくれた家で
スタインウェイのピアノを開けて、
恭也を想いながら、リストの愛の夢を奏でる。



彼が好きだと言った
この曲は、私と彼を繋ぐ大切な宝物。




何度か鍵盤に指を走らせながら、
彼のいろんな表情を思い返す。


それだけで……
幸せになれる。





お祖母ちゃんが他界して、
ずっと一人で生きていくと思ってた。


そんな私が、
恭也と出逢って、恭也の両親の優しさに包まれて
過ごせていける。



本当の家族でも知ることが出来なかった
温もりを教えてくれる、
そんな優しさの中で。





ふいに携帯が着信を告げる。



液晶に表示された文字は、
彼の名前。




ピアノを弾く手を止めて、
携帯へと手を伸ばした。




「もしもし、神楽です」

「こんばんは。
 この間は、親父とおふくろの為に有難う。

 二人とも喜んでた。

 神楽が……神楽みたいな人が……って
 何言ってんだろうな。

 えっと、俺じゃなくて……
 親父たちが言ってたんだけど」



電話の向こう側の恭也の声。

続きが知りたいよ……。

それにおじさんたちじゃなくて、
恭也の素直な気持ちが……。




だけどそんな言葉、
切り出すことは出来なくて。




「勉強は順調?」



そんなこと言いたいわけじゃなかったのに、
沈黙が怖くて当たり障りのない言葉をつむぐ。
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