【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】
幼馴染の親友に出来た彼女と、
比べちゃいけないけど、
比べてしまう俺が居る。
もっと神楽さんが、
そう言う面でも素直に俺を立ててくれたら?
甘えてくれたら?
そんな風に……思える。
だからこそ……学生生活をしながら、
ずっと貯金して来たそのお金で
俺は神楽さんと過ごす一晩を計画する。
以前、神楽さんが素敵だよねーって
デート中に笑った、高級ホテル。
最上階のスイートなんてことは
出来なかったけど、精一杯のグレードの部屋を抑える。
そして……ディナー。
夜には観劇。
そんな隠しデートプランを用意して、
何時ものように、神楽さんを迎えに
職場の音楽教室へと向かう。
結婚して現在、産休に入ってしまった
文香さんの代わりの人と一緒に
ステージをこなす、神楽さん。
そんな神楽さんを見守るように
俺は彼女を凝視する。
大学も卒業した。
研修医としての研修先も決まった。
自分の家の病院で練習する
雄矢とは、研修先は変わったけれど
相変わらず、勇生とは腐れ縁だ。
研修医と言っても
まだまだ一人前とは呼ばれない。
だけど……学生と社会人よりは、
少しは……大人として、
神楽さんは俺を見てくれるの?
「あらっ、恭也。
来てたのね」
「お疲れさま、神楽。
仕事の後、行きたいところあるんだけど」
「えぇ。いいわよ。
恭也が大学を卒業して、
国家試験も通ったお祝いもしないとって思ってたの」
神楽さんはそうやって、
また俺に笑いかける。
好きな彼女に、
自分の節目の行事をお祝いして貰えるのは嬉しい。
だけど……たまには、
俺の気持ちに気がついてよ。
神楽さんは、時折……残酷だよ……。
今日はラウンジにあがることなく、
エントランス近くの、
ピアノの鍵盤に触れる。
殆ど通い続けることが
出来なかったピアノを見つめながら
昔の記憶をたどるように、10本の指を鍵盤の上で動かしてみる。
たどたどしすぎる音色が、
小さく響いた。
「ピアノ、興味ありますか?」
ピアノに触れた途端に、
近くに居たスタッフが、
俺の傍へと勧誘にやってくる。
鍵盤を触れる手を止めて、
逃げるように、視線を移す。
「鹿島(かしま)さん。
ごめん、勧誘しても無駄だよ。
私の大切生徒さんだから。
ね、恭也」
私服に着替えて、
退勤してきた神楽さんが
慌てて俺の傍に来て
俺の代わりに返答する。