【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】
初めて、執刀医として任された
心臓外科医としての手術。
その手術の最中に手術室へと一本のコール。
電話を受けたスタッフが、
慌てたように、画用紙に書かれた紙を見せる。
*
多久馬先生
父、倒れる。
当院に搬送されます。
*
父が倒れたことを知っても、
この手術を中途半端にして
この部屋を飛び出すことは出来ない。
ましてや、
今はまだ人工心肺を使ってる段階。
そのままオペを進めて、
ようやくオペ室から解放されたのは、
4時間ほど過ぎた後だった。
オペ室を出た俺は、
ガウンだけ脱ぎ捨てて、
白衣を羽織って救急センターの方に駆け出す。
「恭也、悪い。
小父さん、今、死亡確認した。
救急で小父さん診たの、
俺の親父。
親父が言ってたよ。
恭(きょう)は、
川崎病保持者だからなって」
川崎病?
親父が?
「恭真小父さん、
半年の時の川崎病にかかってたんだって。
定期健診で、問題なくて寛解になってたから
最近では、その存在を忘れていたらしいけど
大人になっても血管疾患のリスクは高い」
「わかった。
おふくろは?」
「神楽さんが様子見てくれてる。
部屋とって休ませてるよ」
「有難う」
そのまま医局に戻って
その旨を上司に伝えると、
私服に着替えて親父の遺体が安置されいる
霊安室の方へと向かった。
病院と提携している葬儀社の人が
ゆっくりとお辞儀をして俺を出迎える。
葬儀社の人と少し会話を交わした頃、
「恭也……」と俺の名を呼んで、
母の背中に軽く手を添えて近づいてくる
神楽さんの姿。
勇生がとってくれた部屋から
迎えに行く前に出てきたみたいだった。
「ごめんなさい。
おばさまが助けを求めてくれたのに」
親父が倒れたのは、
俺が出勤して2時間後くらい。
まだ診察前の病院内。
準備をしてくると、
居住区を出て医院に行ったものの
なかなか帰ってこず、
母が不自由な体でゆっくりと様子を見に行ったときには
父は倒れていた。
冷静な判断能力が出来なかった母が
助けを求めたのは、神楽さん。
神楽さんが救急車を手配して
この病院に運べるように手配したらしかった。