はだかの王子さま
「静かに。
 では……行きます、ヴェリネルラ」

 ハンドがそうささやきながら、わたしを軽々と抱きあげ、寝室の窓を開けた時だった。

 ふわ、と入って来た黄昏色の風と一緒に、切羽詰まった何人かの声も聞こえて来た。

 その声が、確かに。

『フルメタル・ファングと魔剣0(ゼロ)が、逃げたぞ!』って聞こえて、わたしは、ハンドの顔を見上げた。

「ハンド!」

「ファングさまは、きっと大丈夫です。
 特に、魔剣と一緒なら無敵でしょう?」

「えっ! ハンドが二人を逃がしたんじゃないの!?
 ……きゃゃっ!」

 ハンドへの質問は、最後まで、言葉にならなかった。


 がんっ!


 と、半分壊すかのように、寝室の扉が蹴り開けられ。

 わがまま王と、ソドニを先頭に、ばらばらっと、四、五人の兵隊さんが入って来たからだ。

 けれどもハンドは、振り返っただけで、驚きも慌てもせずに、後ろ向きに少し歩いてバルコニーに出ると、そのまま手すりに、わたしを抱えたまま飛び乗った。

 それを見て、王さまは慌ててわたしたちに近づいた。

『なんだ、お前は!
 ヴェリネルラを放せ!
 行くな! ヴェリネルラ!
 そなたは、シャドゥ家のハンドか?
 まさか、フルメタルファングが化けているのでは、ないだろうな!?』

 叫ぶ王さまを無視して、ハンドは、驚くほど大きな黒い蝶の羽を肩から出現させ、そのまま。

 ひらひらと空中に滑り出すように風に乗り……次の瞬間。

 いきなりばびゅっと速度を上げて、空に駆けあがった。

 なにこれ!

 速い!

 ヘリコプターと追いかけっこした、デッキブラシのゴブリンも凄かったけれど、ハンドも負けないくらい早かった。

 サイズが莫迦に大きいとは言え。

 花の間をひらひら、ふわふわと舞う『蝶々』のクセに!

 どうやら、ハンドは空気の流れを、自由に操れるらしい。

 大きな羽に、風をはらむと、信じられないほどの勢いがついた。

 それは、きっと、さっきのヘリコプターよりずっと早いくらいに!



 けれども、それを竜が追う。
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