はだかの王子さま


 どっばーーん


 情け容赦ない大きな水の塊が、ハンドの背中にあたって、砕けた。

 何十、何百リットルあるか、なんてわからない。

 街中を普通に走っている大型トラックと同じぐらいの大量の水が、ハンドの羽を濡らし、羽を守っていたリンプンを押し流したんだ。

 ものすごい水圧が、黒アゲハを空中から、下へ引き摺り下ろした。

 ハンドと、その腕に抱えられたわたしの足先が、海面に触れて、がくっと落ちた速度にあわせて線を描く。

 けれども、わたしの身体は、ほとんど海水に濡れなかった。

 ハンドが、自分の羽を傘の代わりにして、わたしを水の塊から守ってくれたから!

 さっきまで、黒く輝く宝石みたいにキレイだった黒アゲハの羽を、秋の終わりに枯れかけた木葉のようにぼろぼろにしてまで。

 ものすごい量の凶悪な水の塊が、わたしに向かって直接降り注ぐのを防いでくれたんだ。

「ハンド!」

 あまりに痛々しい彼の様子に見ていられず、声をかければ。

 ハンドはふらふらと飛びながらも、淡々と答えた。

「……まだ、私は、落ちません」

「違うわよ!
 羽! そんなにぼろぼろにして痛くないの!? 大丈夫なの!?
 それ、あとでちゃんと治るんだよね!?」

「あなたを姫の元にお届けにあがるまでは、大丈夫です」

 それに、ほら、迷宮の入り口が見えましたって、影の手でハンドは行き先を差してくれたけれど!

 ソレは、気力でもってる、とか、実は限界を超えてるって類いじゃないの!?

 だって、ほら!

 ハンドの羽は、自分が操る風にも耐え切れてないんじゃない!

 細かい破片をぱらぱらと撒き散らしながら、飛んでいる。

 そんなふうに、頑張り、あっさりとは海に落ちなかったハンドに、王さまの方は、かなりイラついた声を上げた。
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