はだかの王子さま
 そう言って、彼は。

 手に持った燭台から、何本もあるロウソクのうち一本を、ロウ受けごともぎ取ってわたしにくれた。

「ほら、灯りを分けてあげる。
 だから、これを頼りに帰ればいい。
 出口は、すぐだよ。
 角を二回曲がれば、上にあがれる階段に出るから」


『だから、君も、もう、ここへ来ちゃダメだよ』


 それは二度と来るな、って言う拒否だったはずなのに。

 まるで、泣いているようなその声に、わたしは、どうしても聞きたくなったことがあったんだ。

 古い、アンティークの燭台の一部を受け取って。

 今にも闇に消えて行きそうな『彼』に向かって叫んだ。

「ち、ちょっとまって!!
 ねぇ、名前は!?
 名前は、なんて言うの……?
 わたしは内藤 真衣(ないとう まい)!
 真(しん)の衣(ころも)って書くのよ!
 あなたの名前は……!?」

「僕?
 僕の名前なんて、知らなくていいよ」

「でも!」

 ここで、肩を落としている彼を、そのまま、見捨てて行きたくなかった。

 名前一つ知らないまま、知らん顔して、行きたくなかった。

 そんな思いで必死になったわたしに、彼は、ため息を一つついて、言った。

「僕の名前は……
 セイラムド・フォン・ゼギアスフェル。
『世界を滅ぼす覇王(はおう)の剣』っていう意味だよ」
 
< 30 / 440 >

この作品をシェア

pagetop