マカロンの音色[side:she]
この曲は雷と雨の音を表現した悲哀のメロディーで、黒鍵をよく使った短調の曲だ。
感情を指先に込める。
弾き始めからいきなりのフォルテ(強く)。
そのまま流れるような16分音符の連続した重低音。
メゾフォルテ(やや強く)、
フォルテ(強く)、
フォルテシモ(非常に強く)。
だんだん音量を上げていって―――
落とす。
一気にメゾピアノ(やや弱く)に。
優しく、かつ泣きそうに。
か細い声で歌うように。
リット(だんだん遅く)して、
ア・テンポ(元のテンポで)。
同時に再び雨、フォルテ(強く)。
ここで曲調が少し変わる。
激しい雷雨から静かな長雨へ、和音をしっかり丁寧に。
音も少し軽くして、曲の序盤と対比させる。
そしてラストへ。
聞き手を引きつけるように、ゆっくりデクレシェンド(だんだん弱く)。
透き通った高い音で、静かな空間と水滴を表現する。
最後の音は最も丁寧に―――。
「ふぅー。」
鍵盤から手を離して大きく息を吐き出した。
途中何度かミスしそうになったけど、曲全体の流れは上手くいったかな。
「……すげぇ…。」
!?
声がして振り向くと、ドアの所には高野が立っていた。
なんでここに!?
「え!? えっ いつから…」
「割と最初の方から?」
嘘でしょ!?
全然気付かなかった…。
なんでピアノ弾いてると周りが見えなくなるんだろう、私…。
恥ずかしくて熱が上がってくる。
顔が赤くなるのがわかって下を向いた。
「ピアノ弾けるんだ?」
「あ、多少…」
「多少ってレベルじゃないでしょ!!」
彼は目をキラキラさせながら、音楽室の入り口付近からピアノの前の席まで来た。
「他にも弾いて弾いて!!」
「あ、そんな大した演奏では…」
緊張で体が強張って行くのがわかる。
だめだ、悪い癖がでる…。
「……。」
声が出せない。
あぁもう、誰かこの上がり性なんとかして!
「さっき弾いてたのこれ?」
「……!!」
近くに来られて心臓がドクンと大きく跳ねた。
「あ、ごめん、私もう行かなきゃ…」
これ以上ここに居られなくなって、私は楽譜を素早く畳んで音楽室を後にした。
「え、ちょっとまっ…」
後ろから聞こえる声に応える余裕はなかった。