あなたの隣は…(短編集)
涙は私の頬を伝い、デニムのスカートに染みを作った。
「あなたは、決断しなければならない。命を取るか、声を取るか。幸い、少しなら時間が「手術は受けません。」
私は、医者の言葉を遮りキッパリと涙声で言った。
私には、声を捨てることなんて出来ない。
いや、今まで私の歌を聴いてくれていた人達を、裏切るような真似は出来ない。
せめてコンサートの日まで…
それまでは、手術を受けない。
そう、私は決めて、医者に宣言した。
止めても無駄だぞ、と軽く医者を睨むと医者は微笑みながら、首を左右に振った。
「…降参です。わかりました。手術はコンサートの後にしましょう。でも、通院は毎週してもらいます。薬を投与して、出来るだけ進行を遅らせましょう。」
「えっ…」
意外な言葉に、間抜けな声を出してしまった。
「歌っていいですよ。手術の日まで。コンサートまであと1ヶ月でしょう?」
「何で知って…」
「娘と息子が、あなたのファンなんです。どうか、最後まで頑張ってください。」
医者は、私もあなたの担当医として最善を尽くして頑張りますと、右手を差し出して来て握手を求めた。
この人で良かったと心の底からそう思い、医者の右手を握った。