僕はショパンに恋をした
「調律前だけれど、おひとついかが?」

まるでお菓子を勧めるように、藤堂さんは、俺にピアノを弾く事を許してくれた。

「ありがとう…ございます…。」

素直に頭を下げる。

「ショパン。」

シオンが言った。

「僕、ショパンが聞きたい。」

ピアノを見つめたまま、もう一度言う。

俺はイスに座り、初めて霧野さんがこのピアノで弾いてくれた、ノクターン 第20番 嬰ハ短調に決めた。

鍵盤に両手をかざし、そのまま目を瞑る。

俺の指が、奏で始めた。

音が広がる。

心が震える。

そうだ。

俺はこんなにもピアノが好きなんだ。

上手くなりたいとか、そんなことはどうでも良かったんだ。

この音を、この震えを、感じたかった。

誰かに伝えたかった。

それだけだったんだ。

まるで霧が晴れるかのように、心に青空が見えた。

シオンが言った、空色一色の青だった。
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