僕はショパンに恋をした
最初の一音で、俺は目を見張った。

(…なんだ…?なんなんだ、この音色…。)

アップライトの音とは思えない、ひどく良くのびる音色。

本当に音がでるのかと疑ったピアノは、調律もきちんとしてあるようだった。

それよりも何よりも、この人が奏でるピアノは、今までに聴いたことがないくらい、優しかった。

ただただ優しかった。

胸が痛いほどに。

ノクターン 第20番 嬰ハ短調〈遺作〉

ショパンの曲の中では難しくない方だし、技術も素晴らしいというわけでもない。

なのに強く魅かれる。

自分でも動揺するくらい魅かれているのだ。

聴き慣れているし、弾き慣れているその曲は、まるで初めて出会う曲のように新鮮だった。

(…耳が、気持ちいい…。)

もう少し近くで聴きたくて、彼の元に近付いた。

そこでまた面食らったのだ。

なんで微笑んでるんだ、この曲で。ありえない。

悲愴感漂わせるならまだしも、何故微笑む?

俺は立ちつくしたまま、最後まで瞬きも忘れて聴いた。

曲が終わって、彼が振り返っても、動けないほどに固まっていた。
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