僕はショパンに恋をした
「あまりうまくないんですけどね、ピアノの音は素晴らしいと思いませんか?」

話しかけられて、ようやく瞬きをする。

「…いえ…あの…すごく、何ていうか…、耳が気持ち良かったです。」

すると彼は、からからと笑った。

「面白い感想をありがとう。」

面白いって…、俺は感じたままを言っただけなんだけどな。

「珍しいピアノですね。見たことがない。」

「そうだね、かなり少ない生産台数のピアノだからね。」

愛しげにピアノを撫でると、人差し指でぽーんと音を鳴らす。

「大橋氏がこだわって作ったピアノでね。」

だからOHHASHIと書いてあるのか。

「良く…音がのびますね。」

「わかるかい?弦の掛け方が丁寧に、一本づつ巻いてあるんだよ。」

俺は頷く。

グランドピアノでは当たり前だが、アップライトでは珍しい造りだ。

「良い音だったでしょう?」

そう問われて素直にまた頷いた。

「マスター、とても幸せそうに弾きますね…。」

彼は穏やかな瞳で、俺をみた。

「こんなじじいにマスターなんて、ちょっと仰々しいな。霧野でいいですよ。」

そしてピアノの上に立ててあった、写真立てを見上げる。

「綺麗な…人、ですね。」

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