僕はショパンに恋をした
会場が一瞬にして、シオンの世界に変わる。

空気までが、変化を遂げたかの様だった。

彼の姿を見つめる。

その姿は、俺の奇跡だ。

霧野さんがまいてくれた奇跡の種は、今俺の前で、美しい花を咲かせている。

それは悲しいほど澄んだ、真っ白の花の様に。

シオンは時折、俺に目をむけ、まだ大丈夫だというように微笑む。

頷くと、安心した様にまた鍵盤に視線を落とす。

曲はアンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ。

リハーサルは、たった一度きりだった。

その完成振りに、コンマスも驚くほどだった。

俺も、まさかこんな完成度だとは思わなかった。

これがいわゆる本当の天才の領域というやつか。

凡人がどうあがいても、手に出来ないもの。

そうシオンに言った時、ふふっと笑った。

「宝の持ち腐れって、いうんだっけ?」

そう言ったが、とんでもない。

今、俺の前にいるシオンは、それを最大限活かしていた。
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