僕はショパンに恋をした
俺は霧野さんの入れてくれた紅茶を、ゆっくりと飲みながら、彼のピアノを聴く。

基本、俺は音を追う事に集中する為、目を閉じて聴くことが多い。

でも、霧野さんのピアノを弾く姿は、あったかくて、とても良いと思う。

背中越しに、なんとなく見つめていると、肩の力が抜ける気がする。

霧野さんは、やっぱり今日もショパンを弾いた。

バラード 第3番 変イ長調。

よっぽど好きなのかな、ショパン。

弾き終わった霧野さんに、俺は疑問をそのままなげかけた。

「ジーンが、好きだったからねぇ。気付いたら、ショパンばかり弾くようになってしまったよ。」

誰かのために、そんな風にショパンばかり練習できるものなのだろうか…?

ちょっと理解しがたい。

それとも、それは普通のことなのだろうか?

「誰かのために、練習したり、弾いたりするのは、…その…、普通なんでしょうか…。みんな、当たり前に、できるんですか…?」

もう一度尋ねる。

「う〜ん、難しい質問だね。」


彼は白髪のまじった短い顎鬚をさすりながら、ふむ、と考えながら言った。

「私にも『普通』は、よくわからないねぇ。」

予想外の答えだった。

「みんながどうか、君がどうかは、わからないけれど、私にとっては、別に体した事ではなかったよ。」

彼はまた笑った。
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