僕はショパンに恋をした

郷愁

まだ、霧野秀一が、30歳をすぎたばかりの頃の話だった。

無名のピアニストだった、若かりし日の霧野秀一。

いつか世界に名を馳せてやると、野望を抱いていたという。

名の売れないピアニストは、それはそれは貧しかった。

それでも、色んな人に聴いてもらい、認めてもらおうと、日本を出て、旅をしながらピアノを弾いた。

日本にいたんじゃ話にならない、ヨーロッパだ。

霧野は、そう思っていた。

フランスやイタリア、オーストリア、ドイツ、手当たり次第旅をした。

そしてカフェやレストラン、ホールにピアノを見つけては、頼み込んで弾かせてもらった。

しかし、皆、特に注目するわけでもなかった。

技術的には問題ないはずなのだ。

チップももらった。

その日をしのぐだけは稼げた。

でも欲しいのは、そんなものじゃない。

きっとそのうち花開くさ。

そう信じて旅を続けた。

疲れ果てた体で、次にたどり着いたのは、イギリスだった。

気付けば、日本を出て五年近く経っていた。

ロンドン郊外の小さな町。

いつものように、ピアノのある店を探した。

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