僕はショパンに恋をした
旅館は、以前と変わらないたたずまいだった。

白玉砂利を踏みながら、玄関に入ると、女将が待っていてくれた。

「まぁ、ひさぎぼっちゃん、大きゅうなられて…。」

目を細めて、俺を見る。

この人の事は、よく覚えている。

いつも優しくて、俺を気にかけてくれていた。

幼心にもそれはわかり、旅館にいる間は、よく着いて回ったものだ。

「ご無沙汰してます。すみません、急に…。」

予約もなしに、泊まれるような旅館じゃないことくらい、俺だって知っている。

その予約だって、かなり先までうまってるはずだ。

「さあさ、疲れはったでしょ。お部屋、離れに用意しましたよ。」

ここの離れは、庭も素晴らしい。

「海外のお連れ様や、言うてはったんで、こちらの方が良いかと思いまして。」

案内しながら、女将は嬉しそうにこちらを振り返る。

「留学先の偉い先生でも連れてきはるのかと思うとりましたが、なんやえらい可愛いお友達どすなぁ。」

「なっ、友達って…。そんなんじゃ…。」

ないと言いかけた時に、シオンが嬉しそうに言った。

「おおきに!で、いいんでしたっけ?」
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