僕はショパンに恋をした

朧月夜

俺は、ひとしきり美味しい食事と、シオンや女将との会話を楽しんだ。

気分が良かったのだ。

ふらふらと、離れと入口の間の渡り廊下を歩いた。

途中に月見庵がある。

この旅館の中で、唯一洋風なスペースだ。

八角形のガラス張りの部屋には、小さなソファセットと、ピアノが置いてある。

先代の趣味だと、女将は言っていた。

本館からは少し離れているので、弾いても他の客には聞こえない。

そんな理由もあって、俺の両親はここを贔屓にしていた。

子供の頃は、あのソファに座って、聞いていた。

ほんの気紛れだった。

やっぱり気分が良かったのだろう。

椅子に腰掛け、ピアノの蓋をあける。

ためらわず、最初の1音をひき、『別れの曲』を弾いた。

海外に出てからは、クラッシックだけではなく、色んなジャンルを学んだ。

日本にいる時には、クラッシック以外のものを弾くと、母親から嫌な顔をされたものだ。

だからクラッシックを少し離れたいと思った。

でも離れてみて、よくわかった。

結局俺はクラッシックが好きなんだと。
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