5つの欠片
俺は軽く結羅の唇にキスしてから、しぶしぶ言った。




「ありがと、まじで嬉しい...
 だけどさ、結羅?
 これじゃピアノは弾けないよ?指輪も鍵盤も痛んだら嫌だし…」





「もちろん。ピアノを弾く時はつけないで。
 ピアノを弾く時はピアノだけに没頭してほしいの。」




結羅が俺の左手からリングを取ってピアノの台の上に置いた。






「...だけど、それ以外の時はちょっとでもいいから真くんの傍にいさせて?
 真くんの生活の中で、ほんの少しでも構わないから、あたしの居場所が欲しいの。」





結羅の顔が俺の肩にことんと乗った。
結羅の香りが鼻をかすめて匂いを思い出す…





改めてこんなにほったらかしだったんだと思い知らされた。
後にも先にも、結羅が俺に頼みごとをしたのはこれ1回だけ…





その日から、俺はピアノに触れる時とお風呂に入る時以外は常にこのリングをつけるようになった。
このリングを見る度に、あの日の結羅が透けて見える…





あのTシャツとジーパンが、ブラウンの髪の毛が、あの少しだけ甘えたような可愛い横顔が…





ピアノの音が消えた静寂の中で、俺たちのリップ音だけが響いてたあの横長のピアノの椅子が…







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