神の森
「あなたは、どこまで行かれるのですか」
光祐は、村人に問いかけた。
「あの川の土手を通って家に帰るところだ」
光祐は、村人が指差した遥か前方の川を見つめた。
川から森まではまだ距離があるようだった。
「よろしければ、その川まで後ろに乗せていただけないでしょうか」
神の森への不安から、光祐は、既に疲労を感じていた。
「乗りなされ。この暑さでは嬢ちゃんが可哀想だ」
光祐は、牛車の後方に回って祐雫を抱え上げてから荷台に乗りこんだ。
荷台には、籠いっぱいの夏野菜が積まれていた。
「助かりました。ありがとうございます」
「ありがとうございます」
光祐と祐雫は、荷台に座って一息つき、タオルで汗を拭った。
「わしらは、神の森に近付くのを恐れているのだ。
もっと近くまで乗せてあげたいがあの川までにしてくだされ」
村人は、すまなさそうに頭を垂れる。
「勿論です。川まで乗せていただくだけでも助かります」
光祐は、村人へ感謝の気持ちを伝えた。
「そういえば、わしが子どもの頃に、
爺さんが御伽噺をしてくれたことがあった。
榊原の血筋の選ばれし者だけが神の森に入ることができ、
神の森は地脈を全国に張り巡らせてこの国を守っているのだと。
御伽噺だもので忘れておった。
お父(とう)からは、神隠しに遭うから神の森には近付くな
と口をすっぱくして言われたものだ」
川の丸太橋の前で、村人は光祐と祐雫を降ろした。
「助かりました。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
光祐と祐雫は、村人に頭を下げた。
「この川沿いの道を真っ直ぐに行ったところにわしの家がある。
もし、何か困ったことでもあれば訪ねてきてくだされ」
村人は、現れた時と同じく音も立てずに、牛車とともに去っていった。