神の森
「父上さま、神の森の方から近付いてきたようにございます。
あら、父上さま、
この樹だけがどこか違うてございます」
祐雫は、森の入り口の小さな新芽の樹を指差した。
黄緑色の儚げな若葉が風に揺れている。
「これは、桜の樹だよ。
珍しいな。
この地に桜の樹はないはずなのに」
北の地では、桜は、家を滅ぼす樹として忌み嫌われている
と聞いたことがあった。
この地で桜の樹を目の当たりにした光祐は、桜に勇気づけられた。
「きっと、優祐が手がかりに植えたのでございます。
柾彦先生から桜の苗木を戴いてきておりましたもの」
祐雫は、優祐の足あとを発見した気分になって歓喜の声をあげる。
「柾彦くんが桜を持たせてくれたのか」
光祐は、柾彦が桜川の地で一緒に祐里を守ろうとしてくれている
と思うとますます勇気が湧いてきた。
「さて、ここからは、祐雫の思うように進んでおくれ。
わたしは祐雫に付いていくことにするよ」
光祐は、桜の新芽の香りを嗅いで、深呼吸した。
「はい。おまかせくださいませ」
祐雫は、桜の小さな樹を両手で包んで目を閉じて念じた。
(桜さん、母上さまと優祐の元へご案内くださいませ)
祐雫は、こころの赴くまま一歩を踏み出した。