簪彼女。
なんて、冗談を交わしつつ。
ドアノブに手をかけた私は、一度見送りに来てくれたお父さんを振り替える。
「言ってきます」
――……いつも髪に差している簪は、ない。
それに気付いたのか気付いていないのか……、お父さんはなにも言わずに送り出してくれる。
パタンと背後で締まる扉の音を聞きながら、私は早くも玄関の前で立ち尽くした。
「……よ。赤松」
びっくりした。
だって、目の前に。
「近く寄ったから来ちった。一緒に行こう」
高橋君が。
笑顔で、立っていたから。
「近く、って……」
こんな朝早くに?
しかも、高橋君の家は此方と反対方向だよ?
そんな質問は出てくる事なく胸でつかえて、ぐるぐると渦になってキュウと締め付けた。