せーの、で忘れてね
伊久さんは少し考えながら首を傾げる。
「んー、まだすーちゃんにも言ってないんだけどね、実はあたし、大学やめて、結婚しちゃおうかなって、思ってて」
「え」
光に反射した長い髪を耳にかけながら俯く。
「いや別に、内緒にしてたわけじゃないんだけどね、でもまだ、決定事項でもないから、すーちゃんには言わないでね」
「はあ」
しっかし美人だな。
髪が、唇が、まつげが、指先が。
あたしには全てが羨ましい。
住吉を瞬時に虜にした、その全てが。
「‥‥どうかした? ‥驚かせちゃった?」
止まっていたあたしの目の前で、伊久さんが大きく手を振る。
「あ‥‥いや、‥お相手は、どんな方なんですか?」
ふふっと笑う声に、空気が揺れる。
「画家なの。 一緒に、ヨーロッパで暮らそう、って、言われたの」