奥さんに、片想い
「でも。俺、なりたいものになれましたから」
そう爽やかに言い切る彼を見れば、二浪なんてものは彼がやりたいことを掴むために黙って耐えて頑張った期間であるだけだと千夏も思うことが出来た。
「努力家なのね。河野君って」
「いえ。野球で負けたから、これ以上負けたくなかっただけです」
穏和な中にも、芯が強いところがあるよう。これはやはり、野球選手として培ってきた闘争心なのかと思わされた。
大橋に辿り着き、大きな橋をひとつだけ渡り、薔薇園があるところまで連れて行ってくれた。そこでコーヒータイム。
綺麗な薔薇の園を眺めていれば、つまんない自分の話などしたくないし語りたくない。ここでも薔薇を眺める千夏を、河野君はそっとしてくれる。
晴れた初夏の爽やかな青空に島の潮風、優しい海原と島々の景色に、島の花々。ひさしぶりに遠出をした千夏には本当によい気分転換だった。
そして、いよいよ、日も傾いてきた帰り道。
海の色が少しだけ青みを増してきた海岸線をひらすら走る車の中。もう夕方も迫ってきた色合いの空に後押しをされるように、千夏はついに助手席から運転席にいる彼に話しかける。
「有り難う。私を誘ってくれて。久しぶりに市街を出て気持ちよかった」
「いいえ。俺もゆっくり話が出来る機会をもらえて。来てくれて嬉しかったです」
その素直な笑顔にも、千夏は『有り難う』と言いたい。
でも……だからこそ。昨夜、決意したとおりにケジメをつける時が来たと千夏は話し始める。
「この前も言ったけどね。私、本当に最低なのよ」