奥さんに、片想い
「俺もこの前言いましたよ。そんなの誰にでもあるんじゃないかって」
先日と同じような会話。ほのめかして言うより、はっきり言わねば千夏の心も前に進まない。
「あのね。私、佐川課長とその奥さんにとても酷いことを言って傷つけたことがあるの。それだけじゃない、私……仕事中に……」
その昔、沖田という男と付きあっていたこと。
そしてその男が邪な心で佐川課長の奥さんにちょっかいを出していたこと。
それを知った千夏は『自分が恋人と認めてもらったんだから、私が正義』とばかりに、『正義の制裁』という名目を振りかざし、確かな証拠もないのに酷いやり方で奥さんを窮地に追いやったこと。
そして、佐川課長に『奥さんに騙されて結婚した』と仕事中に言い放ったこと――。
全て。
そして。そんな彼が私を許し、本来の千夏を見極めて実力を認めてくれたこと。そうして彼のおかげで今の本部コンサルの主任という立場を得られたことも、全部。
やはり河野君は黙って聞いて、ひたすら海沿いの道を運転しているだけ。
「若い時、不倫や横恋慕で横取りなんて卑怯だと思っていた私なのに。『それをしたでしょ。卑怯者』と責めた女性の旦那さんを好きなってしまうなんて滑稽よね」
ひたすら話す千夏の邪魔をしないようにと思っているのか、河野君は相槌も打たない。
「でも、本当に好きなの。課長と一緒に仕事をして、彼の手伝いをしている時が一番幸せ」
「でしょうね」
いつもの笑顔で、あっさりと受け入れる彼がまた不思議でたまらない。
「どうして私が課長のことを好きだって判ったの」
「見れば判りますよ」
「絶対に誰にも知られないようにしてきたつもりなのに……」
運転席でフロントを真っ直ぐ見ている河野君が、どこか呆れたようにふっと笑った。