奥さんに、片想い
「理屈なんかないですよ。本当に気になって気になって仕様がないから『好き』じゃ、駄目なんですか」
「駄目じゃないけど……。その、私がやってきたこと聞いても平気なの?」
「なんだ、それぐらい――て思いましたけど。この前も言ったでしょ、俺。そんなこと誰にだってあるって」
本当に? こんな気質の女は御免とか思わなかったのだろうか?
「今だって結構、キツイて言われるんだけど。私」
「でも優しいところもあるでしょ。今日だって俺にも気遣ってくれていること、伝わってきましたよ」
「でもね、私。今は自分の心に嘘をついて、男の人と付きあいたくないの」
はっきり断る。今日の千夏が決めてきたこと。
彼がいい人で千夏を本気で見てくれているから、だからこそはっきりとしたケジメを。だけれど、いつも微笑んでいる河野君が、また千夏を誘ってくれた時のように険しい顔で向かってくる。
「一生、佐川課長に献身的に仕事で捧げていくってことですか」
ものすごく不満そうな言い方。
いつも笑っている彼の不機嫌な顔が、徐々に迫力ある怒り顔に変化していく。彼がまた本気で千夏にぶつかってこようとしている。だからしっかり心を構え、千夏も立ち向かう。
「それでも良いと思っている。それに私、男性と付きあうのはもう面倒なの。このまま好きな男性の為に頑張れたらそれだけでいいの」
「そんなの、一生続けられると思っているんですか。寂しくないんですか」
『寂しくない』。そう言い切りたいのに返せない自分がいた。
そしてその一言に、千夏の心はいとも簡単に揺れていた。
どんなに強がっても、本気で佐川課長が好きでも。やはり報われない思いを一人で抱えていることは苦しいし、そして『虚しく寂しい』ことは確かだった。
それすらもひた隠しにして『大人の女だから、一人でも充分楽しめる術も分かっている』とばかりの平気な顔で、毎日を乗り切っているつもりだった。
決して、『おひとり様』が平気な訳じゃない。謳歌しているわけでもない。
そうしなければ、心が折れてしまうから、そこで頑張っている。……でも、やっぱり。
「寂しくなんかないわよ。ずっと一人でここまで来たんだもの。かえって一人の方が気楽なの。佐川課長の役に立ちたいから、仕事の支障になりそうなプライベートタイムで起きる男女関係のリスクとかで日常を掻き乱されたくないしね」
「おひとり様ってわけですか」
あの河野君がどこか馬鹿にしたような呆れ顔。そんなのやめてしまえ――と叱っているようにも見えた。
そこまで千夏を追いつめてでも、今の状態から連れ出したいと本気で向かってきてくれている――。