奥さんに、片想い
だから……、もう、これ上。本気でぶつかってくるのはやめて欲しい。
その気持ちに、甘えてしまいそう。
『おひとり様』なんて格好つけていても、そんなに強くはない。出来れば暖かい人肌に、千夏だって包まれたい。
「もし、ここで河野君に甘えたら。私、頭の中では佐川課長を思い浮かべて、貴方のことなんて見ようとしないと思う。貴方に抱かれながら、課長を思う、きっとね」
ここまで言いたくなかった。でもここまで二人で突き詰めてしまったから、もう言うことはそれしかなかった。嘘じゃない。きっとそうなるだろうから。
車はいつのまにか市街に入り、千夏の自宅近くまで来ていた。
空は夕暮れ茜の空。また西からどんよりとした薄黒い雲が迫ってきている。また今夜も雨なのだろうか。
「わかりました。落合主任らしいですね。都合良く付きあうことも出来るのに。正直にはっきり言ってくださって、有り難うございました」
あっという間にいつもの彼の微笑み顔に戻っている……。ホッとするはずなのに、何故か千夏の心が痛んだ。
「……三つ前の駅、でしたよね」
「ええ。そこで降ろして」
ハンドルを握りながらも、彼が俯いてしまう。
「直球でもダメなんですね。っていうか、俺、全然違うところにボール投げていた気分ですよ。正直、女心ってやつがわかんないです。なんつーか、完敗です」
その顔が歪んでいた。悔しそうで泣きそうな顔。
そんな彼の顔を見た千夏も泣きたくなる。
本当に好きになってくれたんだと、ヒシヒシと伝わってくるから。
それでも千夏は辿り着いた駅で河野君の車を降りた。
別れ際、運転席の窓を降ろした彼に声をかけられる。
「有り難うございました。千夏さん、頑張ってくださいね」
――千夏さん。最後だけ唐突に名前で呼ばれる。
これで最後。最後だけ貴女の名を呼んでみたかった。
そんな気がした。でも河野君はそれも言わず、笑顔のまま去っていった。
暮れる空の下、またひとり。
また千夏はひとりで今夜も過ごす。雨が降っても、雷が鳴っても、ずっとひとり。望んだこと。彼に告げたとおり、仕事で課長と一緒に頑張るのが一番幸せ。
でも――。彼が言ったとおり。本当は寂しい。
だからって。好きと言ってくれる男の人に飛び込んでいいの? そんなこと、私には出来ない。
それから後。千夏が堀端でひとりランチをしていても、彼が来なくなってしまった。
本当に諦めてくれたようだった。