奥さんに、片想い
今春、彼と転属してその気持ちは益々高まった。
沢山の諸問題を残されたまま引き渡されたコンサル室だっただけに、とても困難な処理ばかりで心痛むことも多々起きる毎日だったが、だからこそ、それを彼と乗り越えられた時、または自分の力で彼が『助かった、有り難う』と言ってくれた時の喜びはひとしおだった。
そういう充実感最高潮の日々だったのに……。彼が現れるまでは。
きっちりケジメをつけたのだから、元通りになったはずなのに……。
今日もいつもと変わらぬ淡々とした表情で、書類とデーターをチェックしている佐川課長の横顔を見つめる。
なにか見つけたのか、眉間に皺を寄せ難しい顔。時に険しくなる鋭い眼差しは、穏やかな彼だからこそ途端に男っぽくなる瞬間。
つい、千夏は全てを忘れて見とれてしまう……。いまだけ、この一瞬だけ。許して、と。
「落合主任、ちょっといいかな」
仕事モードを捨て去っていただけに、ドキリとする。厳しい横顔に変貌した瞬間を見つめていただけに余計に。
「はい、課長」
深呼吸、気合いを入れ直し、『落合主任』の心構えを整え課長席に向かった。
誰かが何か失敗していたのだろうか、私の指導不足だろうか。そう構えながら、課長の正面に。あの険しい顔のまま、佐川課長がひとつの書類を千夏に差し出した。
「これ、どうしたの」
いつもと変わらぬ起伏がない言い方だけど、怒りを抑えているのが千夏には直ぐに感じ取れた。
こんな様子の佐川課長も滅多にない。心して彼が指さしている計算表を眺めてみると……。
「これ、主任が作ったんだよね。これ、僕がスルーしていたら僕も首が飛ぶけど、主任も完全に飛ぶよ」
一気に凍り付く。