奥さんに、片想い



 営業だけでなくコンサルで受注したものも合計した発注計数表。ある箇所からゼロが一桁分すべて違っていた。ある意味ケアレスミス、でもこのまま通っていたら大損害。

「も、申し訳ありません。直ぐに作り直します」
「いや。いい」

 佐川課長が怒りを込めた口調のまま、千夏が取ろうとしたその書類をさっと引っ込めてしまう。

「僕が見つけるべきミスだから、もしこれで損害が出たら僕の責任。僕がスルーした物がこれまたそのまま営業本部や経理でスルーされたら、これまた会社の責任。だからこそ、どこかでこのミスは見つかったと思うよ。でもね、これは酷いよ」
「お……仰るとおりです」

 ひたすら頭を下げた。それでもいつもは穏やかに流す佐川課長が、今日に限っては容赦なく千夏に向かってくる。

「落合さんらしくない。どこかでフォローしてもらえるだろう単なる桁違い打ち間違いのミスでも、これは仕事に身が入っていない証拠だと僕は思うな」
「仰る……とおり、です……」

 謝るばかりの千夏を見て、そこでやっと佐川課長が一息ついた。
 ぴったりとくっついていたデスクから椅子を少しだけ離して、腕を組みじいっと千夏を見ている。千夏は頭を下げるだけ。

「やっぱりね。落合さん、頑張りすぎたね。僕も頼りすぎていたか」

 ハッとして顔を上げた。今度見えた課長の顔は、なにもかもを包み込んでしまいそうないつもの穏やかな笑顔。

 しかし千夏はその彼の笑顔を見て愕然とする。
 許してもらえた? とんでもない! 『落合さんが出来る仕事はここまで。もう頑張らなくて良いよ』と諦められた笑顔だと思った。

「頑張ってなんか、いません」

 もっと頑張れる。ここまでの女だなんて見限らないで。

「どうかしていたんです。私」

 いつものように言って。『迂闊だったね。以後気をつけて』と。
 冷たく言った後、でも以後気をつけることで次に期待していると思わせるあの寛大で厳しい声を聞きたい。

「いや。このままじゃ駄目だと思うな、僕は」

 また致し方ないような笑顔を見せられる。
 この人の為にやってきたのに。この人に見限られたら、私、私は……。





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