奥さんに、片想い



「お疲れ様でしたー」
「佐川課長、終わりましたか?」

 若い彼等が仕事が終わるなり課長のデスクにやってきた。

「うーん、ちょっと一時間かかるかな」
「じゃあ、俺達は外で時間潰していますね」
「一時間したら戻ってきます」

 佐川課長が『わかった』と笑顔で答える。若い彼等となにか約束をしているようだった。

「珍しいですね。彼等とおでかけですか」
「まあね。男同士の約束」
「部下とコミュニケーションを図れるのは良いことです。特に若い彼等に慕われることも」
「新鮮なんだよね。コールセンターでは女性ばかりだったから」

 『ああ、なるほど』と千夏。
 男性社員同士で戯れる機会がなかったことに納得。

 そんな課長が窓の外を見て微笑んでいる。どこか遠い目ででも優しかった。女性からのプレッシャーが多い職場だっただろうけど、彼が歩んできた全てがそこにあるからなのだろう。

 そんな佐川課長の穏やかな横顔に、やっぱり見とれている自分に気が付く。……駄目だ、すぐには前に進めそうにない。たった独りで前に進めない。やっぱりこの人の存在が必要だ。痛切に感じる。

 また……手元が頭の中が散漫とし始める。砕け散りそうな何かをそうならないよう必死に握りしめて束ねようとしている。

 以前通りの『落合課長補佐、主任』に戻ろうとする。日常が戻ったと言っても、なんとか維持しているだけでそんなすぐにもバラバラになってしまいそうな日が続いていた。

 息が切れそうだった。こんな毎日……。『彼を愛している私』として、頭の中クリアに突き進んできた日常は既に終わっている。

 いつまでこのままでいられるだろうか。胸が押し潰されそうな中、こうして淡々と業務を続けている。これでは近いうちにまた重大なミスを犯してしまいそうな不安。

「ただいま。課長、終わりましたか」

 外に出て行ったはずの彼等の声がまた。だけど、腕時計を確かめるとかなりの時間が過ぎていた。
 窓の外は初夏の夕暮れが滲み始めている。

「おまたせ、終わったよ」

 課長の席ももう綺麗に片づいていた。若い彼等二人がホッとした顔を見合わせている。

「落合さんも、もういいよ」
「はい、課長」

 まだ残っているけど、今日はほっとする。このまま続けられそうにはなかった。






< 114 / 147 >

この作品をシェア

pagetop