奥さんに、片想い
「やった。すっごい綺麗なフォームでしたよ。千夏さん、センスありそうだ。たったこれだけでそんなに打てるなんて」
感動して喜んでいる彼の声に、千夏も微笑まずにいられない。
「また来ますよ」
また振ると見事にヒット。それから何度振ってもヒットする。
これってどういうこと? 野球なんてやったことない。でも私、打っている。こんなに高く打っている。
そしてわかっていた。これを出来たのはどうして?
意地っ張りで強気で意固地な私がこれが出来たのはどうして?
「わっ。主任がバカスカ打ってる!」
若い彼等が課長と帰ってきた。
「河野さん、あれ何キロなんです」
「100キロ」
「えー、100キロ!?」
バッターボックス、パンツスーツ姿で連続ヒットを放っている女を見て唖然としている。
その後、河野君も千夏の隣りの打席で140キロをバンバンと打ち始めた。千夏も打った。
ベンチで佐川課長が『女の子に越された』と嘆いてムキになっていたとかいう姿はもう、千夏には見えなかったようだった。
この翌日、千夏は会社に出勤した後、佐川課長にあるお願いをした。
「課長、私、ミットが欲しいんですけど」
「ミット? なんで。あ、河野君へプレゼントとか?」
あのバッティングセンターでのひととき。
息が合っていた二人に満足そうだった課長。これで千夏と河野君が上手く行くと確信したような顔をしていた。
でも、そこのところやはり佐川課長は分かっていない。
千夏のなかなか溶けない心の本質を知らない。
彼にとって千夏の女心はやはり他人事。
「違います……」
「じゃあ、どうして」
『どうして』について返答すると、課長はとても驚いた顔をした。
「い、いいけど。僕なんかでいいのかな」
「お願いします。他にお願いできる方がいないので」
「わかったよ。うん、じゃあ……今日、仕事が終わったらミットを買いに行こう」
願い通りに、千夏はミット購入。
それを手にして彼にあることを申し込みにシステム課へ向かう。