奥さんに、片想い
イニング4(前半) 延長戦◇奇跡がおきれば決められる
『貴方が投げた球を私が捕ったら、結婚してください』
胸にミットを抱えた女は、躊躇うことなく彼に告げる。
「きゅ、きゅ、急に何を言い出すんですかっ」
大柄な男の声が事務室に響き渡り、彼の同僚に上司までもがこちらへ視線を集める。
法人コンサルティング課の二階下に事務室があるシステム管理課。
その入り口ドアで彼を呼び出したが、さすがに人の目が気になり、彼を廊下へと連れ出す。そして廊下窓際で、彼と向かい合った。
「私、本気だから」
唖然とした河野君の顔、びっくりしすぎたのか少し赤くなっているので、千夏も思い切り言ったことに今になって頬が熱くなってきた。
「あの、なんですか。この急展開。ちょっと突っ走りすぎちゃうこの感じ、イメージ通りすぎて逆にびっくりすよ」
「私らしいって感じたなら、いま言ったこと解ってくれるでしょ」
「でも。なんて言うか。そりゃ、俺は……」
今度は彼が照れた顔で口ごもり、俯いてしまった。
どんなに俯いても、彼を見上げてしまう千夏からは、その表情が丸見えなのが可笑しい。
「河野君にはわからないかもしれないけど。一歩先に踏み出そうと思えるようになっても、長く立ち止まっていた今の私には駄目なのよ。つまり『きっかけ』。ここまで足下が雁字搦めになっちゃっていると、馬鹿馬鹿しいほど簡単なきっかけじゃないと、きっともう駄目なの。それが欲しい」
告げると、やっと河野君の顔が落ち着き、千夏を見つめていた。
「それって。俺に、望みがあったと考えていいんですか」