奥さんに、片想い
「いいから、言っているんだけど……」
ほぼ告白に近かった。だけれど、もう『好きです、好きになりました』の言葉を交わしただけで、喜べる年齢ではない。
ただつきあうだけの関係は、もういらない。それは、つまり。それをそのまま彼に告げる。
「ただの好きじゃ、もうだめなの。ただつきあうことも、そして結婚することも、今の私はどっちも『怖い』の……。わからないでしょう」
だが彼は真顔で言った。
「いえ、わかりますよ。俺なんか誰を好きになっても、片思いで終わっていたから。今までの俺は振られてばっかりだったし、もし付き合えたとしても直ぐに別れたりするんじゃないかと自信がなくて、結局は告白できずじまい。他の男のところに行ってしまうのを見送ってばかり。でも好かれていないことを面と向かって突きつけられることが、ずっと怖かったんだと思う」
驚いて、千夏は彼を見上げる。
また彼が本気になったときの怖い顔がある。本気になるほどシビアな顔になる男。バッターボックスで140キロの球を打ち上げる男の顔。
「だから俺。今度こそ、黙って見ていないで俺から行って、俺の気持ちを素直に言って、千夏さんに知ってもらおうと思った。振られること覚悟だったから、なりふり構わずぶつかっていった」
いつもめいっぱいの笑顔で千夏が怖じ気づくほど突進してきた彼とは違う。
本当にバッターボックスにいる男の顔で彼が言う。
その顔に、千夏はもうどきどきしていた。
だけれど、すぐに彼特有のにっこり目がなくなってしまう笑みに崩れる。
「だから。加減を知らない男で、すっごく鬱陶しかったかもしれないけど」
うん、鬱陶しかった。心でだけつぶやき、でも千夏は笑っていた。
「お願い。きっかけが欲しいの。ここに立っているきっかけはなんだと思う?」
彼が首をかしげる。