奥さんに、片想い
「この前、打てそうにない球を打てたから。河野君が打たせてくれたから。意地っ張りの私がどうすればうまく打てるか、黙って見て黙って……」
黙って騙してうまく乗せて。これだったら出来るよと体感させてくれたから。
でもあと一つ、あと一歩、大きなきっかけがあれば……。
「わかりました。俺もその賭、乗ってみましょう。でも投げて捕るって。ルールはどうするんですか」
そして千夏も決めていたことを、彼に教える。
「奇跡のバックホームをやるの」
そう言っただけで、商業野球部出身の彼が仰天した顔になる。
「無理、無理っすよ……」
思わずつぶやいた河野君――。だがそれも一瞬。
『そうですね。それぐらいじゃないと、結婚は』と言った。
―◆・◆・◆・◆・◆―
日が長くなった夕。晴れたその日。千夏は佐川課長の車に乗せてもらい、約束の場所へと向かう。
「河野君、今日は外回りだって?」
「はい。郊外コルセンのメンテナンスへ。なので直接、公園へ向かうそうです」
と、彼からメールが入っていた。
申し込んでから二日後の約束。場所も千夏が指定した。
会社からそれほど遠くはない、河川敷公園。
そこから城山も見え、春は桜並木でも有名な河原だった。
公園の真ん中には電鉄の駅まであり、駅の名前も『公園駅』。
郊外電車がのんびりと公園と河を横切っていくと、なんだかのどかな情景。
その河原へと、課長と向かう。助手席でミットを抱えて黙っていると、運転をしている佐川課長の方が落ち着きがない。
「やっぱり、無理だと思うよー」
この男性も。河野君と同じ事を繰り返す。
「奇跡のバックホームで結婚を賭けるって、なんなんだよ。それって」
気持ちに踏ん切りをつけるなら、もっと他に方法がいっぱいあるのではないか――と、佐川課長に何度も言われたが、千夏は譲らなかった。