奥さんに、片想い
「あれは甲子園でも語り継がれている、名ファインプレーじゃないか」
「だからですよ。河野君も球児だったなら、あのプレーが如何に『奇跡』だったかわかっているはずですから」
「それで? それが成功したら結婚……?」
「そうです。もう決めているんです。成功しなかったら、もう結婚しません!」
課長がまた絶句している。そして運転しながら、額を抱え唸っている。
「あー、もうー。どうしてそうなる? うーん、でも、そうだね、そうだよな。うん、落合さんらしいよ」
でしょ。だからもう心配しないでくださいと、千夏は返した。
『奇跡のバックホーム』。ある夏の甲子園。
地元商業高校野球部が、決勝戦へ進出。
古豪対決と言われたその対戦。
三対三の同点にて地元野球部は延長戦へ突入する。
延長十回裏、相手高校が1アウトの状態で満塁となる。
まさにサヨナラ勝ちのチャンス、地元野球部はピンチの場面を迎えていた。
そこで監督が、ライトの選手を交代させる。
試合再開。地元商業高校のピッチャーが投げる。
相手校のバッターがバッドを振る――。それがなんと大飛球ヒット、ライトまで飛んでいった。
――これで落とせば、三塁走者が戻って1点。負ける。
その場面で、なんとライトの選手がそれをノーバウンドでキャッチ。
しかしライトという遠い位置にボールがあることから、相手校の三塁走者がタッチアップを狙ってダッシュ開始。
80メートルほど離れた遠い外野、ライト。
交代したばかりの彼が、そこから思い切りホームをめがけ、キャッチャーへと球を投げる――。
三塁走者がホームへ滑ってくる。
キャッチャーは果たして?
その球を捕れたのか、タッチできたのか。
走者とキャッチャーが激しく交差する。
アンパイヤの一声は――『アウト』!
絶体絶命の満塁ピンチ、交代直後、たった一回の送球。
ライトという80メートルも離れた場所からの強肩がなす技、バックホーム送球。
すべてが重なった奇跡にて、この試合、地元高校が延長戦を制し、夏の甲子園優勝をした。
いまでも高校野球の名場面として、または名プレーとして語り継がれている。『奇跡のバックホーム』。