奥さんに、片想い



「あれは甲子園でも語り継がれている、名ファインプレーじゃないか」
「だからですよ。河野君も球児だったなら、あのプレーが如何に『奇跡』だったかわかっているはずですから」
「それで? それが成功したら結婚……?」
「そうです。もう決めているんです。成功しなかったら、もう結婚しません!」

 課長がまた絶句している。そして運転しながら、額を抱え唸っている。

「あー、もうー。どうしてそうなる? うーん、でも、そうだね、そうだよな。うん、落合さんらしいよ」

 でしょ。だからもう心配しないでくださいと、千夏は返した。
 


 『奇跡のバックホーム』。ある夏の甲子園。

 地元商業高校野球部が、決勝戦へ進出。
 古豪対決と言われたその対戦。
 三対三の同点にて地元野球部は延長戦へ突入する。

 延長十回裏、相手高校が1アウトの状態で満塁となる。
 まさにサヨナラ勝ちのチャンス、地元野球部はピンチの場面を迎えていた。

 そこで監督が、ライトの選手を交代させる。
 試合再開。地元商業高校のピッチャーが投げる。
 相手校のバッターがバッドを振る――。それがなんと大飛球ヒット、ライトまで飛んでいった。

 ――これで落とせば、三塁走者が戻って1点。負ける。

 その場面で、なんとライトの選手がそれをノーバウンドでキャッチ。

 しかしライトという遠い位置にボールがあることから、相手校の三塁走者がタッチアップを狙ってダッシュ開始。

 80メートルほど離れた遠い外野、ライト。
 交代したばかりの彼が、そこから思い切りホームをめがけ、キャッチャーへと球を投げる――。

 三塁走者がホームへ滑ってくる。


 キャッチャーは果たして? 
 その球を捕れたのか、タッチできたのか。


 走者とキャッチャーが激しく交差する。
 アンパイヤの一声は――『アウト』!


 
 絶体絶命の満塁ピンチ、交代直後、たった一回の送球。
 ライトという80メートルも離れた場所からの強肩がなす技、バックホーム送球。

 すべてが重なった奇跡にて、この試合、地元高校が延長戦を制し、夏の甲子園優勝をした。

 いまでも高校野球の名場面として、または名プレーとして語り継がれている。『奇跡のバックホーム』。





< 124 / 147 >

この作品をシェア

pagetop