奥さんに、片想い
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空の向こうは夏らしく空高く上る真っ白い雲、ほんのりと茜色でふちどられ染まっていく。
ハンドルをゆっくり回す課長が、暮れる夏空を見ながらつぶやいた。
「さあ、ついた」
葉桜の並木、土手、そして河原の公園。
ちょうどその真ん中を走る線路には、ガタンコトンとオレンジ色の電車がゆっくりと過ぎていったところ。
そして公園土手の脇にはすでにあの4WDの車が停まっていた。
「彼も落ち着かなかくて、さっさと仕事を切り上げてきたのかな。もう来ているよ」
シートベルトを外した課長から、先に車を降りていく。
助手席の千夏はミットを胸に深呼吸。それから車を降りる。
「お疲れ様です、佐川課長」
「お疲れ、河野君。なんか、立会人とやらを頼まれちゃってさあ。一緒に来ちゃったんだけど」
戸惑っている佐川課長。聞き分けない長年の後輩である千夏が譲らないだろうから、まだ柔軟そうな彼に言って『僕って必要ないよな?』と同意を求めている。だが河野君は。
「俺からもお願いします」
河野君も、神妙に頭を下げお願いしてくれている。
それでも課長は『え、そうなんだ』と意外そう。
それもそうかと千夏は改めてため息。
千夏の気持ちを知らない佐川課長は『なぜ、僕が立会人?』と不思議でしようがないのだろう。
でも河野君は、立会人をお願いしたのは『これできっぱり佐川課長への想いも断ち切る』ことを意味し、千夏が決意していることを察してくれていた。
本当に彼は千夏をよく見てくれていると痛感する。
「じゃあ、早速、始めましょうか」
彼にも戸惑いはもうないようだった。
車の助手席のドアを開ける河野君。そこから使い込まれたグローブが出てきた。